魅力的でサンパなカナダ方言(québécois)

 

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2021年に開催された第18回ショパン国際ピアノ・コンクール優勝者Bruce Xiaoyu Liuさんのコンクール終了後の Youtube 動画です。

個人ジャーナリストによるインタビューで、インタビュアーはフランス人ピアニストで音楽ジャーナリストの GERARD GAHNASSIA さんという方です。

言語のさまざまなアクセントへの興味という点から、フランス人と(フランス語圏の)カナダ人がそれぞれフランスのフランス語français métropolitain)とカナダのフランス語( québécois ケベコワ/ケベック方言)で対話しているという点で、(Bruce さん独特のジョークもさることながら)楽しめる音声資料です。

とはいえ、私は québécois について詳しくはありません。

(強いアクセントで知られる)québécois を冗談のネタにする動画を見たことがある程度です。

上の動画では québécois(ケベコワ)を話すQuébécois(ケベック人)であるBruceさんの発音は、「ジョークのネタ」にされるほどの強烈なアクセントではありません。

けれども フランスのフランス語ケベコワ の対比はかなり明確で、特にイントネーションと鼻母音の違いが分かりやすくなっています。

ちょっと変わったフランス語の「ダジャレ」も出てくる上記のフランス語インタビューの最後のあたりを少しだけ引用します。

(G)・・GERARD さん (B)・・BRUCE さん

(03:00-)
(G)最後にお聞きしたいことがあります。フランス人は(入賞者の中に)フランスの代表者2名がいないことに不満を言っています(笑)その点であなたはご自分のことを「ちょっとだけフランス人(un petit peu français )」だと思っているということでフランス人を喜ばせられますね。なぜかと言うとパリ生まれでいらっしゃるんですよね?
(B) ええそうなんです。実はヨーロッパの拠点をパリにする計画があります。
(G)ぜひ!ではこれから(フランスでお会いする)機会がたくさんありそうですね。ご好運を!

インタビュアーは「ちょっとだけフランス人(un petit peu français )」と表現していますが、Bruce さんは1997年パリ生まれとのことです。

以下で言及する別の Youtube 動画では、4歳くらいでケベックモントリオールに移住し、学校教育をフランス語で受けたと話しています。

そのため出生地のフランスではなく、カナダのフランス語を習得したと考えられます。

 

Québécois ネイティブの表現

 

私はアクセントよりもむしろ発音以外の特徴に興味を持ちました。

昔、フランス語のテキストで québécois の例として運がある、ツイている」の意味の「être chanceux (シャンスー)」(フランスのフランス語:avoir de la chance)というのを見たことがありました。

実際にそれが使われているのを、別のインタビュー動画で初めて聞くことができました。

En direct : #QuoiDeNeufEnChine Liu Xiaoyu, pianiste canadien d’origine chinoise - YouTube

★以下【引用同上】の参照先はこちら↑の動画です。同動画については Youtube 運営からのメッセージが表示されていますので、内容に同意の上でご視聴されることをお勧めします。また、本記事では政治的な言及や含意は排除していることをご了承下さい。

(10:26-)

Beaucoup de gens estime que les enfants chinois sont fois en mathématiques.
Est-ce que c’est la situation pour vous ?

O là là, c’est pas la bonne question à demander... Non vraiment pas. En fait je n'étais pas un très bon élève en secondaire, honnêtement, mais je suis... je pas.... Je suis bien chanceux, je dirais. D’avoir trouvé quelques choses que j’aime faire, le piano évidemment... donc les autres choses c’était un peu comme en arrière aussi... 

【引用同上】

また、昔からずっと起きていることで現在もますます顕著になっているのが、 anglicisme (アングリシスム)と呼ばれるフランス語への英語の流入です。

フランスのフランス語(français métropolitain)は海峡を挟んだ英国の英語の影響を受けているのに対し、ケベコワは隣国アメリカの英語の影響を受けていると言われています。

インタビューの中でBruce さんは「冗談」(フランスのフランス語:plaisanterie/blague)「joke」と英語の単語を使っています。


(31:47-)

Très bien. Est-ce que vous savez comment faire la cuisine chinoise vous-même ?

Un petit peu là, a parfois. Une… une … je peux comment dire… mais une joke là...quand dit… qu'est-ce que je peux faire un chinois…cuisine chinoise… je fais...je dis...comment on dit… Œuf sautée avec tomates…

« 番茄炒蛋 »

J’aimerais c'est ça. Et ensuite je peux faire d'autre chose, ou dire à l'inverse donc tomates avec œufs.

【引用同上】

 

発音と語彙以外の特徴

 

上記以外で気になった点は次のとおりです。

・間投詞「là」の多用

上記引用元のインタビューを聞いていて特に気づくのは随所に「là」を挟み込んでいるところです。

特に意味はありませんが「voilà」と同じようにつなぎや語調を整えているのだと思います。

・相手が「vouvoyer」でも「tutoyer」

フランス語には二人称に敬称の「vous」と親称の「tu」があり、他のヨーロッパ語と同様、人との距離感において、最初は「vous」で礼節を示し、双方何となく合意して「tu」に移行します。

インタビュアーは当然「vous」で話していますが、それに対してBruce さんは「tu」を使っています。

「québécois では初対面の相手でも tutoyer が多い」と聞いたことがあります。

ケベックの文化は全体的にリラックスしてカジュアルな雰囲気なのではないかと思いました。

 

バイリンガル都市モントリオール

 

このような québécois が話されるケベック州の都市モントリオールについては次のように語られています。

(03:05-)

Vous êtes né à Paris, mais pourquoi vous avez déménagé quand vous étiez petit à Montréal ?

Donc mais ça cause de raisons familiales et puis aussi pour...peut-être changer un peu d’atmosphère, pour…parce que...ça reste quand même le deuxième plus grande ville francophone après Paris qui parle c’est ça, et puis plus grande ville bilingue, donc et puis aussi à cause de l’atmosphère assez souple là-bas, et puis… c’est ça, donc ça donne beaucoup de liberté, disons, avec le côté multiculturel aussi, et voilà aussi pour le...pour mon apprentissage à l'école, sans penser plus tard qu’est ce qui est arrivé… ça c’est juste passe comme ça.

(07:55-)

Eh bien. Et vous avez grandi dans en fait trois contextes culturels.
C’est la France, le Canada et la Chine. Est-ce que ça va influencer votre vie et votre conception de monde ?

Je pense que ça se fait inconsciemment et naturellement. Et, mais comme... comme tu dis trois contextes culturels mais c’est plutôt je dirais deux. Parce que comme j'étais à Paris pendant juste trois ans ou quatre ans, et puis aussi je dirais, je sais comme... c’est comme le Canada, mais pas comme le Canada, c’est les deux sont dans le... comment dire... le la culture occidentale c’est ça. Donc ça reste quand même le assez similaire, disons. Mais je peux pas dire ça, parce que je peux pas vraiment vécu en France, disons que c’est avec la Chine et le Canada tout ça fait quand même le pays d’immigration donc ça inclut toutes sorte de monde, le côté britannique et le côté français, le côté espagnol aussi toutes sorte d’Asie qui s’en viennent donc bien sûr ça m’a influencé. 

Mais comment ?

La façon de penser. Les gens que... c’est comme par exemple là-bas tous mes amis sont blancs pas mal majorité des 90 percent, et puis aussi peut-être à cause de mon éducation que j’étais dans les écoles françaises et puis il n’y avait pas vraiment d’asiatique, je pense, ils sont plutôt anglais, je crois, et puis c’est ça, la façon de penser, je sais même pas comment exprimer...parce que... ça se fait de manière…

「自由」があり、さまざまなルーツを持つ住民から構成され「柔軟性」「多様性」があると語られているモントリオールの雰囲気が伝わってきます。

一方で、ケベック州は法的に「フランス語表記義務」が厳しいと聞きます。

例えばフランスですらスターバックスの表記は米国や諸外国と同じSTARBUCKS COFFEE」ですが、このロゴの掲示ケベックでは違法と判断されるようです。

そのため、フランス本国でも見られない「CAFÉ STARBUCKSという珍しいロゴが使われています。

多様性は認めるものの、州のアイデンティティとしての国語(=カナダのフランス語)を死守するというポリシーを強く感じます。

「生きた québécois 」として視聴した現在20代のBruceさんのフランス語には、テレビ番組のインタビューということもあってか、話し方と発音には(イントネーションに強い特徴を持つ)ケベコワの持つ「地域性」よりも「標準性」を強く感じました。

「世界中」からの移民の多いカナダでは(英語圏でも)多くの場合、家庭内では親の「母国語」を使って会話をするケースが多いと言われています。

Bruce さんもそうした環境にある移民として、義務教育以降の正規の学校教育によって「正しいカナダのフランス語」母語として習得したのではないかと推測しています。

 

インターネット時代の「英語」と「国語」

 

ところで、フランス本土のフランス語では英語の流入(anglicisme) に対抗して、従来のフランス語表現を守ろうとする政策がとられています。

しかし現在はフランスでも英語が話せるフランス人が増えており(TOEIC の受験者数も!)、インターネットの影響によりフランスに限らず世界全体が英語を中心(標準)言語とする流れにあるのは確実です。

インターネット上で圧倒的に情報を有する言語は英語であり、英語以外の言語では有益な情報が得られにくいという切実な状況もあります。

こうした世界の状況を踏まえて「英語」「国語」をどう位置付け、戦略を立てるかは難しいけれども重要な課題だと思います。

こうした議論について、自国内での内向きな議論だけではなく、英語を国語としない他国のポリシーやアプローチを参考にするのも役立つかもしれないと考えています。

またケベコワについては今後も引き続き「そこそこ」情報収集をしたいと思っています。

★言語とテキストへの興味と視点のみから書いた記事です。アーティストのファンの方の読者登録とコメントはご遠慮下さい。