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カナダ先住民とラモーの「野蛮人(Les Sauvages)」

★この記事は note で公開していた内容を再編集したものです。また本記事においてはいかなる政治的意図や立場も排除しておりますので予めご了承ください。

バンクーバーオリンピックの思い出

子どもの頃、アイススケートが好きでよく滑っていました。

浅田真央選手が銀メダルに輝いた2010年のバンクーバー・オリンピックは連日テレビで観戦していました。当時の浅田選手と同じくらい鮮明に記憶に残っているのが開会式のことです。

カナダの先住民族の人たちが目の覚めるような出で立ちで登場した時から心を奪われてしまいました。
昔、バンクーバートーテンポールを見たことがありますが、美しい民族衣装を身にまとった人々を見たことはありませんでした。
色彩フォルム装飾の美しさ、そして威厳のある所作や佇まいに圧倒されたことを今でも覚えています。

 

ラモーの「野蛮人(Les Sauvages)」

さてそのバンクーバーオリンピックから何年か経った頃、海外から日本に帰ってきた時、チェンバロ奏者のジャン・ロンドー(Jean Rondeau)さんという方の『Vertigo』というアルバムを買って帰りました。

その中にラモーの「新クラヴサン組曲集」の中の「野蛮人(Les Sauvages)」が収録されていました。

ラモーのクラヴサン組曲は、子どもの頃ピアノのレッスンで何となく弾いていたことがあり、現在も趣味のピアノとして弾くことがあります。
この曲のタイトルですが、ワーナーの公式サイト日本語版では「未開人」という表記になっているようです。
今時「野蛮人」という言葉はまずいという配慮かもしれませんが「未開人」なら PC (political correctness)的にOK という判断なのでしょうか?

ジャン=フィリップ・ラモーはフランスバロックにおける重要な作曲家であり、音楽理論家です。

ずっと鍵盤作品に専念して作曲し続け、50歳で初めてオペラを作り始めたそうです。

代表作となるオペラ・バレ「優雅なインドの国々(Les Indes galantes)」が上演されたのは52歳。

ちなみに「インド」は現在のインドではなく、大航海時代にヨーロッパ人が「目指していたインド」を意味します。
コロンブスアメリカ大陸をインドと勘違いしたことから北アメリカ(アメリカ、カナダ)の先住民を「インディアン」と呼ぶようになったことは知られています。

その後もヨーロッパ人は「北アメリカには中国は存在しない」ことに全然気づいていなかったりと、情報は混乱しています。

その結果、異国を全部ひっくるめて「インド」という認識になってしまったようです。

この作品は初め興行的にはあまり成功せず、何度か改訂されるうち、最終幕として「野蛮人(Les Sauvages)」が追加された頃から成功するようになりました。

ラモーはかつてクラヴサンの曲として作曲した「Les Sauvages のアリア」を再利用しています。

ラモーがこの曲を作曲したのは、1725年イリノイ州からルイ15世に会うためにパリを訪れた5人の酋長のダンスを観たことにインスピレーションを得たと伝えられています。

この時にこのダンスを観ることができたラッキーな人々が魂を吸い込まれるような様子だったと文献に残っているようです。

それを読んだ時、私はバンクーバーオリンピックの開会式を思い出しました。

300年近く前のフランスの作曲家が北アメリカ先住民の伝統の踊りを観た時の驚きと感動は、きっと私が2010年のバンクーバーオリンピックの開会式で同じようにネイティブ・カナディアンの踊りを観た時と同じだったかもしれないと思います。

 

"sauvage"という言葉の意味

さて、ここで少し "sauvage" という単語について注目したいと思います。

フランス語の "sauvage" には「野蛮人」という他にも少々異なる意味があります。

[形]
❶ 野生の;人跡未踏の,未開の.
❷ 非社交的な,人見知りする.
❸ 野蛮な.
❹ 無許可の,無統制の.
━[名]
❶ 粗野な[乱暴な]人;未開人.
❷ 非社交的な人.

プログレッシブ仏和辞典第3版

ラモーの作品名 "Les sauvages" は名詞の①「粗野な[乱暴な]人;未開人」に該当します。

これは英語の "barbaric" に該当しますが、留意すべきはラモー(および同時代の芸術家)がこの言葉を軽蔑的に使用していたわけではないという点です。

当時ヨーロッパは「啓蒙時代」という一大意識改革を迎えていたました。

過去数世紀にかけて大航海時代というのがあって、ヨーロッパ人は世界中を開拓して富を得てきました。

そうしたヨーロッパ人による「世界の文明化」について18世紀の啓蒙思想家たちは「偽善的な行い」として痛烈批判します。

そして文化を気取りながら戦争をしたり強欲だったりする文明人に対するアンチテーゼとして

「高貴な(善き)野蛮人(noble sauvage/bon sauvage)」

という概念が生まれたと言われています。

その意味は

「文明に汚染されておらず人間の本来の美徳を持っている人たち」

という意味です。


当時の「野蛮人ブーム」はヨーロッパの文化人を席捲し、ずっと後の時代になって、タヒチに移住したゴーギャンやアフリカ美術に傾倒したピカソにも受け継がれています。

さて「優雅なインドの国々(Les Indes galantes)」の最終幕「野蛮人(Les Sauvages)」の舞台はアメリカ(アメリカ・カナダ)で、先住民族イロコイ族のリーダー、アダリオという青年が登場します。

カナダ・ケベック州を「開拓」した16世紀のフランス人、冒険家にして「カナダ」の名付け親、ジャック・カルティエ(Jacques Cartier:1491-1557)がまさに「高貴な野蛮人(noble sauvage)」 として後世に伝えたという伝説の人物が、アダリオだと言われています。

ラモーのこのオペラ=バレ作品全体にも、ヨーロッパ人と先住民の出会いにまつわるつかの間の幸福な交流が描かれています。

当然ながら、もしラモーが侮蔑語として北アメリカ先住民のことを「野蛮人(Les Sauvages)」と呼んでいたとしたら、現代では「人種差別的」として上演不可になっているはずです。

繰り返しになりますが、ラモーの時代の「sauvages」とは知識階級のヨーロッパ人にとっては憧憬羨望をかきたてる存在でした。

だから「高貴な野蛮人(noble sauvage)」 という表現には侮蔑的なニュアンスなく、当然ながらジャン=フィリップ・ラモーがいわゆる「差別主義者」ではないのは明らかです。

 

差別語としての「野蛮人(sauvage)」

いっぽう、この言葉にまつわる「過激な」事件も報道されています。

動物愛護活動家としても知られるフランス人女優のブリジット・バルドーさんが仏海外県レユニオンで宗教儀式としてヤギをいけにえにしている先住民を "sauvage(野蛮人)" と発言して2万ユーロの罰金を科されたというニュースです。

フランスではかなり批判がありましたが「ヤギをいけにえにすること」「異文化を罵ること」「罰金の金額」等々、文化や個人の受け止め方によってさまざまな反応があると思います。

さて、ここでもう一度 "sauvage"の定義を確認します。

[形]
❶ 野生の;人跡未踏の,未開の.
❷ 非社交的な,人見知りする.
❸ 野蛮な.
❹ 無許可の,無統制の.
━[名]
❶ 粗野な[乱暴な]人;未開人.
❷ 非社交的な人.

フランス語の "sauvage" の他の使い方としては「野生動物 (animal sauvage)」など「野生の」という意味があります。
英語では "wild" になりますので、意味はニュートラルです。

1970年代にフランスで生まれいわゆるバブル時代の日本で流行したと言われる「ソヴァージュ」というヘアスタイル名があります。

細かいウェーブをつけて無造作に仕上げた髪型を指しますので「野生的」つまり英語の "wild" の意味だと考えられます。

おそらくこの頃はまだPC という意識はなかったため、気軽にこの言葉が使われていたのだろうと思います。
100% "wild" という意味だとしても "sauvage"には「野蛮人/未開人」という意味もあるという点で、現代だったらこの言葉を使ったら「先住民(とその髪型)を侮蔑した表現だ」など批判を受ける可能性もあるかもしれません。

"sauvage" の他の意味として形容詞②「非社交的な,人見知りする」名詞②の「 非社交的な人」があります。
「人々と交流しない」「孤立している」という感じですので、あまりポジティブなニュアンスではないと思います。

英語だったら "isolated" "unsociable"など言われますが、「sauvage」の語源は「森にすむ人」なので納得です。

ちなみに私は昔イギリスで英国人に集団の中で「君は isolated だ」と言われたことがありますが、ポジティブな意味でないのは明らかです。

また、英語にも"savage" という単語がありますが、フランス語の「sauvage」にはない「獰猛な、残忍な」という意味が第一義になります。

そのため、英語ーフランス語の「そっくり語* =似ているが意味が違う(faux amis フォザミ=偽の友)」のひとつとされます。(*プログレッシブ仏和辞典第3版)

 

異文化との出合いは恩寵


最後に再びラモーの「野蛮人(Les Sauvages)」に話を戻します。

17世紀には血なまぐさい戦争(先住民族間の抗争も多々ありました)にあけくれた先住民族とフランス。

しかし、ラモーの「優雅なインドの国々(Les Indes galantes)」に描かれているとおり18世紀に入る頃には協調的な関係になっていました。

その結果として1725年にラモーはパリを訪れたカナダ先住民の酋長たちのダンスを観るというチャンスに恵まれました。

それにインスピレーションを受けて創作された「野蛮人(Les Sauvages)」について、上に「ヨーロッパ人と北アメリカ先住民の出会いにまつわるつかの間の幸福な交流」と書きましたが、「つかの間」というのには理由があります。

『優雅なインドの国々(Les Indes galantes)』の初演の1735年から20年程経った1754年、北アメリカではいわゆる「フレンチインディアン戦争」が始まってしまいます。


これはフランスと先住民との戦争ではなくて、「フランスと先住民の連合軍」イギリスと戦ったのです。
10年近い戦争の結果としてイギリスが圧勝、フランスは北アメリカにおける植民地をすべて失いました。

こうしてフランスは北アメリカから撤退し、その地に既に根付いていたフランス系の人々が現在のケベック州の住民の祖先になりました。

カナダにおける先住民族のその後の歴史は、決してラモーの音楽のように夢見心地で幸福なことだけではありません。

2021年にはカナダがかつて先住民族同化政策を強いて、子供たちを強制的に寄宿学校に収容し劣悪な環境に置いていたことが大きなニュースになりました。

これを受けて2022年にはローマ教皇がカナダを訪問し、過去の政策について謝罪をしています。

www.bbc.com

けれどもカナダとフランスの歴史、そしてラモーの音楽を通してみると、異文化との出会い、異民族同士の交流から生まれたものは不幸だけではありません。


バロック時代の大音楽家ラモーだけでなく、現代に生きる自分もバンクーバーオリンピックで観たカナダの先住民族の文化に心打たれたように、異文化との出合いは大きな感動を与えてくれると感じます。