前回の記事と「歌」つながりで「暇つぶしにお勧めのオペラ作品」。
1曲で2〜3時間はつぶせるのでコロナ禍以降頻発するようになった突発的な「空白の時間」にも丁度良いのではないかと思う。
お勧めの3つのオペラは、それぞれ「お悩み別」でセレクトしている。
声楽を習っていた頃はヴェルディとかプッチーニなどがおなじみだったが、(ロッシーニを除く)鉄板のイタリアオペラはあまり好みではないので選んでいない。
① ヘンデル「アルチーナ」(1735年)
こんな人におすすめ:恋人の心変わりに薄々気づいて苦悩している人。嫉妬の感情に押しつぶれそうな人。未練が断ち切れない人。
2015年エクサン・プロバンス音楽祭(プロバンス大劇場)
管弦楽:フライブルク・バロック・オーケストラ
指揮:アンドレア・マルコン
演出:ケイティ・ミッチェル
物語の舞台は中世の魔女たちの島。
魔法をかけられて魔女の虜になった騎士と、救出しに来る婚約者。
魔女の過去の恋人は飽きられると次々と動物にされてしまう。
そんなおとぎ話の世界を倒錯のSM館の演出で度肝を抜いたプロダクション。
魔女姉妹が妖艶な美女なのは魔法の力で、実は老婆という設定を巧みに演出している。
動物にされる元恋人は、この演出では恐怖の「動物のはく製」になっている。
「はく製製造機」なるマシーンも出てくる。
ケイティ・ミッチェルはイギリスの演出家ですごくスタイリッシュ。
オーケストラも緩急と色彩豊かで約3時間があっという間だ。
個人的にはルッジェーロ(元々はカストラートの担当)は女声が好きだったが、フィリップ・ジャルスキーのカウンターテナーを堪能した。
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②ワーグナー「ローエングリン」(1850年)
こんな人におすすめ:何かを喪失するかもしれない不安に苛まれている人。やってはいけないことをやりたくてたまらない人。根拠はないのにパートナーが信じられない人。
2012ー13年スカラ座
管弦楽:ミラノ・スカラ座管弦楽団
指揮:ダニエル・バレンボイム
演出:クラウス・グート
わりとよく知られた「私の名前を聞いてはならない」の誓いをめぐる悲劇。
ローエングリンのヨナス・カウフマンの声質はこの役にはちょっと珍しく暗い。
以前はもっと明るい声(リリックテノール)だったらしいが、声帯の故障から歌唱法を変え重く暗い声(ヘルデンテノール)になったそうだ。
「災い転じて福」ということでローエングリンとは対照的なポジティブな人生だ。
エルザは元来は悪意のある人間から色々吹き込まれているうちに不安になって疑心暗鬼になるという展開だが、この演出では元々神経症を患っている設定だ。
幸福の絶頂から絶望と後悔のどん底まで舞台上の時間にしてわずか約1時間。
ローエングリンもヒーローっぽさが全然なく、ずっとびくびくして自信がない。
ヒーローもヒロインも基本、自己肯定感が低く、やることが裏目裏目に出るのが親近感が持てる。
演出が気に入らない人もいるようだが(個人的には好き)、バレンボイム&スカラ座管弦楽団はキレッキレで流麗。
いちばんウケるというか、この笑えないストーリーの後で笑えるのが、カーテンコールの後仕切り直して(ヘトヘトなのに)みんなでイタリア国歌を斉唱するところだ。(Act III 1:08min~)
スカラ座のシーズン開幕ということでお祭りモードなのだ。
この公演はCDもDVDも出ていなくてYouTube でしか観られない。
「もしある日突然削除されたりしたらどうしよう」とエルザと同じくらい不安で胸がいっぱいになる。
③モンテヴェルディ「オルフェオ」(1607年)
こんな人におすすめ:大切な存在を失った人。喪失感から立ち直れない人。何をしても心が慰められず鬱々している人。
2009年ミラノ・スカラ座
管弦楽:ミラノ・スカラ座管弦楽団(通奏低音はスカラ座ではない)
指揮:リナルド・アレッサンドリーニ
演出:ロバート・ウィルソン
ギリシア神話のオルフェウスの物語。
日本の神話の「イザナギとイザナミ」にもよく似ている。
最愛の妻を失って黄泉の国に取り戻しに行く話。
能の幽玄の世界のような演出。
アメリカ・テキサス州出身のロバート・ウィルソン氏は日本とも関わりが深く、日本文化をモチーフにした演出も数多くある。
舞台の動きが少なく静謐なので音楽に集中できるし、歌手も重厚でハズレがない。
このバロック・オペラに関しては、悲しみのどん底にいて何をやっても心が晴れない時、ただじっと聴いていると最後には不思議と少しだけ心が穏やかになる。
悲しみが消えるわけではないが、少し落ち着く。
そうやって一歩一歩悲しみを乗り越えていくための音楽。
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★この記事は旧ブログを閉鎖してから note に仮住まいしていた頃に書いたものだが、はてなブログを再開できたので再編集して再掲した。