本格的なフランスパン日本上陸
兵庫県を本拠地として東京(銀座)にも店舗がある老舗ブーランジェリー「ビゴの店」
今では東京に進出したフランスのブーランジェリーや有名店から独立した人の店も多くあり、選ぶのに困るほどだ。
でも「ビゴの店」の創業者フィリップ・ビゴ氏が DONQ(ドンク)の依頼で来日した頃はそうではなかった。
1965年はまだ私も生まれていないが、ビゴ氏によって製造されるまで、
「気泡のたくさん入った酵母の本格的なフランスパン」
はまだそれほど普及していなかったはずだ。
本格的なフランスパンが日本でも食べられるようになったのはパン職人のフィリップ・ビゴ氏に負うところが大きい。
このビゴ氏のお名前 "Bigot" の意味にまつわる考察を記事にしたいと思う。
"Bigot"という名前
"Bigot"(ビゴ/ビゴー)はフランス人の姓としては珍しくない。
でも「日本で有名なフランス人のビゴさん」としては、このパン職人さんの他にもうひとりいる。
明治時代に風刺画家として日本で暮らし活躍したジョルジュ・ビゴ(ビゴ―)を知っている人は多いだろう。
学校教科書にも掲載されている1895年の「三国干渉」の風刺画は広く知られている。
日本と中国(清)が「魚(朝鮮)」を釣り上げようとしていて、それをロシアが横取りしようと見つめている絵だ。
パン屋さんと風刺画家の共通点として個人的には「職人さん」というイメージがある。
さて、フランス語の普通名詞の "bigot" の意味は、
「信心[迷信]に凝り固まった(人)」(プログレッシブ仏和辞典)
「職人さん」のイメージに何となく重なるところもあるが、ちょっと意味としては変わっている。
「信心深い人」というよりも、何だかそれを苦々しく思っているような感がある...
「悪口」で人気低下したイギリスの元首相
もう10年以上も前の話だが、英国のゴードン・ブラウン首相(当時)に「失言」スキャンダルがあった。
選挙を控え、一般市民と対話をする姿勢を強調して支持率上昇を狙う労働党政権。
そんな中でブラウン氏は支持者である一般市民の女性と会話をした。
ところがその直後に自分のスタッフに向かってその人のことを「偏屈な女だ」と悪口を言い、それがこともあろうに、うっかり消し忘れたマイクによって拾われてしまった。
この時、ブラウン氏が使った表現が "a bigoted woman" だった。
英語の"bigot"は「偏狭な人、頑固者、偏屈者、偏見を持つ人」の意味だ。
辞書(Cambridge Dictionary)では次のように定義されている。
a person who has strong, unreasonable beliefs and who does not like other people who have different beliefs or a different way of life:
訳:強く不合理な信念を持ち、異なる信念や異なる生き方を持つ他の人々を好まない人
例:a religious bigot 宗教的に偏狭な人
ブラウン氏が話をした女性が持つ移民問題についての考え方が元首相とは「異なる信念」であったようだ。
人間だからつい人の悪口を言うことはあるだろうが、くれぐれもマイクのスイッチを切ってあるか確かめた方がいい。
英語とフランス語の"bigot" の意味のずれ
さてここで気づく点は、"bigot" はフランス語と英語で少々意味に「ずれ」があることだ。
上記の文例 "a religious bigot" とあるように、英語の"bigot" は単体では「宗教的な」という意味は含まれない。
しかし、フランス語ではそれが含まれているニュアンスが強い。
ここでもう一度フランス語の"Bigot" を辞書(Cambridge Dictionary)で確認すると、
[仏]"qui montre une foi excessive"(過度の信仰を示す人)[英]"sanctimonious"(聖人ぶった、独善的)
まとめると"bigot" は、フランス語では「宗教に凝り固まった人」、いっぽう英語では宗教色はなく広く「偏狭な人」という意味になる。
この点はもう一度後で取り上げることにする。
「輸入」と「逆輸入」を繰り返した"bigot"
ところでこの"bigot" の語源を調べてみると、興味深いことがわかる。
12世紀に英国とフランス北部ノルマンディーはノルマン人に征服された。(イングランドの「ノルマン朝」)
フランス人と交流していたノルマン人の中に、事あるごとに "bi-got"(be God / by God)と口にする人々がいたらしい。
「アイツらっていつも "bigot" って言うよな?」
という感じだったのだろうか?
こうしてフランス人はノルマン人のことを "bigot" と呼ぶようになったようだ。
語彙としてフランス語に「輸入」されたのが13~14世紀ごろ。
英語史の上では「中英語」(11世紀~15世紀ごろ)の時代だ。
ところが "bigot"を「輸出」した方の英国に、17世紀ごろになって再びフランスから「逆輸入」されたというのが通説のようだ。
これは何を意味するのだろうか?
わざわざ「逆輸入」しなければならなかったとしたら、元々英語にあった "bigot" という言葉は消滅していたということになる。
「By God 神にかけて」といつも言っていた人たちはいなくなったのだろうか?
そしてフランスから再び英語に入ってきた"bigot" には「過度な信仰=宗教色」は消えて、広く「頑迷な人」を指すようになった。
ヘンリー8世とエリザベス1世のイギリス宗教改革
"bigot"が「逆輸入」されるまでの期間にイギリスで起きたことを想像してみる。
思い浮かぶのは、ヘンリー8世(1491-1547)と次のエリザベス1世(1533-1603)によって行われたイギリス宗教改革だ。
ヘンリー8世が王妃との離婚問題からローマ・カトリックから離脱し、結果として英国においては宗教(国教)は政治の管理下に置かれ、相対的に権力が弱まった。
エリザベス1世はこの時代の「宗教」をめぐるいざこざ(カトリック、プロテスタント、イギリス国教会)に対して「現実主義」によってバランスをとっている。
現実主義が広まれば「bigot = 過度の信仰を示す人」は少なくなっても不思議ではない。
実際、現実主義路線で宗教紛争を回避してきたエリザベス1世の治世には自由な考えや活動も活発になり、シェイクスピアなど革新的な文学も出現した。
17世紀になって”bigot” がフランス語から「逆輸入」された頃までに英国内で宗教上の紛争や対立はまったくなかったわけではない。
しかし宗教が「人々の精神世界を支配する」ような強大な力を持ったり、政治が宗教をその目的で利用したりすることはなかった。
フランスはこれとは対照的だ。
18世紀末になっても政治に対する宗教(カトリック)の影響力が顕著だった。
そのため政教分離運動が盛んになり、ついに1905年に「政教分離法(ライシテ laïcité 法)」が成立した。
こうして両国を比較してみると、
「つきつめて議論しルールを決める」フランス人
「現実的に穏便に妥協策を見出す」イギリス人
という、よくあるステレオタイプに行きつくのがおもしろい。
再びパン屋と職人さん...
"Bigot" という語から宗教政策の歴史まで、想像が飛躍した。
もう一度「名前」としてみれば、ビゴさんはフランスにいた純粋に「信仰心の深い人」の子孫なのだろう。
フランスにおける政教分離闘争によって「信心深い人」が「過度の信仰心を示す人」という皮肉っぽいニュアンスに変化してしまったのではないかと推測している。
対する英国では宗教色が薄まったことで「過度の信仰心を示す人」がほとんどいなかったので広く「頑固な人」という意味に変化したというのが私の仮説だ。
ちなみに風刺画家として日本に住んでいたジョルジュ・ビゴ(ビゴ―)は自分の名前に「美郷」という漢字を当てていたらしい。
ちょっと日本らしくてカワイイ。
フランスに帰国した後も日本の暮らしを懐かしみ、いつも着物を着て、庭に当時フランスにはなかった竹林を造成し、近所の人たちから「日本人(japonais)」と呼ばれていたそうだ。
この風刺画家ジョルジュ・ビゴ(ビゴ―)の「性格」については、ちょっと興味深い点がある。
Wikipedia の記載を読む限りだが、日本人初の西洋画家、黒田清輝と大喧嘩をして絶縁したとか、離婚した日本人の妻との確執だとか、どうやらかなり「頑固」な部分があったように思われる。
「頑固」というのは、悪いイメージで語られがちだ。
しかし、何かひとつの技術、特に職人技を習得しているような人は、良い意味での「頑固さ」も必要だと思う。
「頑固、頑迷」というより「こだわり」だと思う。
その「こだわり」によって、多くの人がおいしいパンを安定的に食べることができる。
"bigot" の意味は、フランスでは「宗教に凝り固まった人」そしてイギリスでは「頑迷な人」など、ひどい言われようだ。
しかし、Bigot さんという名のパン職人のおかげで、美味しいパンが食べられるようになり、Biogt さんという風刺画家のおかげで、現代でも歴史上の事件が一目瞭然理解できるのだ。
職人さんの「こだわり」に感謝!