(仮)◯◯を起こすのはやめておけ

SNS で知り合ったその女性が「自分がトラブルを抱えている組織と懇意の政治家」として挙げた人物がいた。

そしてまさにその時、例の裏金問題で政府機関の役職を辞職した国会議員のニュースが流れた。

ずぶの素人が政治家の裏金や汚職を追うというのは、なかなかできるものではない。

実績とスキルのある市民オンブズマンや大学教授が調べ上げて告発して、今回の事件が表沙汰になったのだ。

それから少しの間、私は彼女が挙げた複数の地方自治体の長、国会議員、政界のドン、いくつかの企業についてインターネットで集められるだけの情報を拾い上げて、彼女に伝えた。

私自身がそもそも追及していた件では、具体的な政治家の名前は推測の域でしか挙げることができなかった。

一方、彼女はもっと具体的な複数の人名、人脈や利権の構造が浮かび上がっていた。

マスメディアに現在進行形でスポットライトを当てられている政治家、◯◯◯◯省、特定の企業、その大株主と天下り元政治家。

やはり素人探偵の手に負えるものではない。

私は心当たりの敏腕ジャーナリスト複数名を彼女に伝え、協力を得ることを勧めた。

彼女自身が法的に係争中でもあるし、金銭スキャンダルや汚職疑惑などはプロに任せた方が効率が良い上に、安全だ。

 

DMでのそうしたやり取りの中に、彼女の主張の中に矛盾はなかった。

自分自身もかなり似たような話を経験したことがきっかけだったし、彼女の話を疑う根拠は皆無に等しかった。

ただ、途中で何となく違和感を覚え始めていた。

その違和感は、私が今まで生きてきて出会った多くの人に対して、ものすごく多く抱いていた感覚に似ていた。

それは「感情」時には「激情」「プライド」または「自己愛」といったワードで示されるような何かだった。

私は平常「凪」つまり平常心であることが一番大事だ。

日常生活で多々起きる出来事に対して心動かされることを好まない。

けれども多くの人は極めて「感情的」であって、その感情をむき出しにするのが好きなようだ。

世の中には実に「くだらない」人間もいるが、いちいち反応していたら損するのは自分だ。

そして激情型の人間の常だが、一旦怒りモードになってしまうと消耗し疲弊してしまう。

私は彼女の「感情」を持て余し始めていた。

 

それともう一つ、気付いたことがあった。

やり取りしていた件とは全く関係のない話を、ちょくちょく挟んでくるようになっていた。

その端々に「攻撃性」が表れ始めていた。

もちろん自分に対するものではないのは分かっているが、それは咆哮する虎を連想させた。

私は彼女が「人間関係においてトラブルを起こしやすいタイプ」だと思い始めた。

そしてSNS で繋がっているだけの見ず知らずの私に、自分自身の感情をむき出してしてしまう彼女の「孤独」を想像した。

 

彼女の法的トラブルは、すでに相当解決が難しい状況になっていて、それからまもなく判決の日が訪れた。

その結果は思いの外、金銭的な面で彼女に有利なものだった。

所詮、民事の賠償は「金銭解決」しか望めない。

相手に罰を与えることは難しいものだが、それを考慮しても司法はかなり彼女に同情的な結論を出した。

これでトラブルに巻き込まれてからの苦難の日々も報われた。

これからは前を向いて進めるだろう。

よかった。

彼女にはそう伝えて、とにかく休養をしっかりとることを勧めた。

例の政治的な案件のことは、先々心に余裕ができたら然るべき所に情報提供すればいい。

裏どりができたら世に出て、悪事を働いた者にはそれなりの制裁が加えられることだろう。

そう思ったのも束の間だった。

 

彼女は烈火のごとく怒り始めた。

今までの怒りはトラブルの相手、そしてそこに絡んでいる(だろう)政治家だった。

けれども今度加わった怒りの矛先は、司法だった。

金額の問題ではないと彼女は主張した。

そして彼らが自身の訴えていることを認めないのはおかしいという点に憤怒していた。

彼女の代理人はいったいどのような説明をしているのだろう?

例えは悪いが、スポーツ競技、特に格闘技だったらどうだろう。

第1試合で自分に勝ち判定を下した審判に対して、採点表の内訳に異議申し立てするのに似ていないだろうか。

 

それから間もなく、事態の進行に加速がかかった。

火に油を注いだのは「控訴手続き」だった。

彼女の側によるものではない。

相手がすぐさまそうしたのだ。

こうして事態はいっそう泥沼化していった。

時間を巻き戻すことができるのなら、こう言いたいと思った。

「裁判を起こすのはやめておけ」