「笑い」と「花見」の中世美学

日頃生きていて「バーカ!」と思うことは滅多にないが、4月1日はそう思うことがある。

「バーカ」(fool= 嘘、バカ者)と思っても差し支えない日ではある。

私がそう感じる対象は「エイプリルフール」に対する「センスのない返し」だ。

「エイプリルフール」自体、かなり際どいアクションだ。

「ホラを吹く→人を笑わせる」のはレベルの高い仕掛けだと思う。

人を笑わせるプロである「芸人さん」ですらスベったりするわけで、いわんや素人をや。

そもそもが際どい仕掛けだから、ニヤッとするか、もしくは「騙されたー!」と一言返すのがギリギリだと思うのだが、センスのない返しをする人というのはいる。

わざわざ「騙されているフリをし続ける」とか「相手のネタの2番煎じで絡み続ける」とかがそれである。

今年も、ある人が得意げにドン引きする返しを「全メール返信」したため、受信した人々は、ザワザワしていた。

と、ここまで振り返ってみて「センスがない返事をする人への怒り」という話には「元ネタ」があることを思い出す。

それは徒然草

 

徒然草』の本質は何かと言えば「センス=日本的美意識とは何か」を追求した書物だと答えたい。

以前、フランス人の知人から「フランスのある作家が『枕草子』を主題にした小説を書いていて、ちょっと文学史的な質問があるんだけど、答えてくれない?」と頼まれた。

それで文学史的な『枕草子』の位置づけを説明するなど、やり取りをしていたのだが、ある時、その作家が放った一言にカチンときた。

「『枕草子』はインスピレーションにあふれた傑作だと思うが、『徒然草』はまったく退屈で駄作だと思う。」

この見解に対しても、私は正直「バーカ!」と思った。

徒然草』が理解できないなら、日本文化が分っていないのと同義ではないか。

そして吉田兼好は、このフランス人作家のように「自分には見識やセンスがあると思っている人」をとことん揶揄するタイプだ。

 

徒然草』は言うまでもなく「中世に確立された日本文化の礎」である。

「美とは何か?」を追求し、後世の日本文化に多大な影響力を持った。

また『徒然草』には、「センスのない人」をとことん嫌う姿勢が顕著に表れた話が多い。

上に挙げた他者の作為に対して「騙されているフリを続ける」とか「相手のネタの2番煎じで返す」「調子に乗り続ける」といった「こねくり回しすぎ(しつこい)」な言動は、吉田さんがもっとも嫌いそうなネタだ。

 

そんな『徒然草』の中の「花見」の話。(第137段)

「花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは。雨に向ひて月を恋ひ、たれこめて春の行方知らぬも、なほあはれに情けふかし。」

(私訳)

「満開の桜、陰りのない月だけを好んで鑑賞するのはセンスがない。雨を眺めながら月を恋しく思い、部屋に引きこもって春(桜)の様子がどうなっているのかを知らずにいるのも、いっそう趣が深いのだ。」

続けて(私抄訳)

「鑑賞するということは、目だけで見るのではなくて、心の中で想像することこそ美の真髄というものだ。」

この「花はさかりに」に紐づけられているのは、古今集の歌

「たれこめて春のゆくへの知らぬ間に 待ちし桜もうつろひにけり」

「病に臥せって簾を下したままの部屋の中で過ごしているうちに、心待ちにしていた桜も満開の時期を過ぎてしまった。」

圧倒的な「美」の有様。

「団子」でもなく、「花」でもなく、「心の中で想像する桜」こそ、日本的美の極致だ。

そう訴えるのが『徒然草』の世界であり、中世的美学なのだ。

この美学は、現代の日本マンガやアニメ、例えば『鬼滅の刃』における美意識や描写にまで影響を与えていると言っても過言ではない。

そして「センスがない人」に対する先鋭化した姿勢は徹底している。

徒然草』は学校で習う教材でもある。

でも「センスがない人」を笑いつつ糾弾する攻撃性に満ちた「トガった」作品であることはあまり知られていない。

例えば、ちょっと「ウケた」ので調子に乗りすぎた結果「大事故」になる話(第53段「これも仁和寺の法師」)など枚挙にいとまがない。

 

日本の「お笑い」は競争の激しい、厳しい世界だ。

「笑いのセンス」を切磋琢磨する人々が生き馬の目を抜く。

まったくジャンル違いではあるが、吉田兼好の「センスへのこだわり」とお笑い芸人の「笑いのこだわり」には、共通する態度があるような気がする。

エイプリルフールと花見のエピソード。

個人的には「センスある人になりたい」など高望みはしない。

しかし実社会では「コイツ、ダッセー!」と思われないように振る舞いたいというのが中世的(日本的)美学の実践かもしれない。

追記:

上の「エイプリルフールのホラ話にセンスのない返しをする人」が招いた災厄は、その後、更なる混乱と被弾者を出し、4月3日になってもまだ紛糾している。

花冷えより寒くて震える。