以前の記事「源実朝とLGBTQ」にも書いたが、若い頃、鎌倉時代初期の文学について少し勉強していた。
でも勉強熱心ではなく、学生演劇を観たり美味しいものを探してばかりの不真面目な学生だった。
前にも少し書いたが「文学」と「歴史学」は似ているようで異なるジャンルだ。
学問としての「縄張り」も別で、少なくとも私の学生時代には両者の研究者や学生が交わることはなかった。
だから(なんちゃって)鎌倉文学専攻だった私は歴史について不明なことがあっても近くに聞けそうな人はいなかったし、もちろん「文学」畑の人間にも質問できなかった。
高校生くらいまでなら「素朴な質問」「無邪気な疑問」でも堂々としていられる。
でも大学院なんかに行くと①もはや恥ずかしくて聞けないとか②うかつに聞いて相手も知らないと恥をかかせるとか、いろいろ難しいのだ。
そんなわけで不良院生だった私は「素朴な疑問」のままぼんやり学生生活を過ごしていた。
当時の「素朴な疑問」で一番よく覚えているのは、
「後鳥羽上皇はなぜ承久の乱を実行できるほどの財力があったのか?」
というものだった。
今も昔も「戦争」には金がかかる。
全体としての「富」の大きさは変わらないのに、鎌倉との「二重政権」の時代になったのだから、天皇と貴族社会は「富」を独占できないどころか目減りしている状況だ。
それなのに後鳥羽上皇はどこから権力拡大のための経済力を手に入れたのか?
さっさと調べるのを怠り、相変わらず芝居や遊びにうつつを抜かして放置していたので、答えが分かるまで相当の時間がかかった。
しかもようやく分かった答えを、またぶらぶらしているうちにすっかり忘れてしまった。
それから長い年月の間に「後鳥羽上皇はなぜリッチだったのか?」という問いすら忘れてしまった。
ちなみにこれに対する「答え」は Wikipedia には書いてない。
今年2022年になって『鎌倉殿の13人』がきっかけで久しぶりに平安末期~鎌倉時代初期のことを考えるようになった。
昔勉強したことを思い出そうとしたが、前世の記憶のように遠いものになっていた。
そこで歴史の本を読むことにした。
一般書で何冊か読んだ中で圧倒的に優れていると思ったのは、本郷和人先生の『承久の乱』(文春新書)だった。
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歴史本だけでなく、最近読んだあらゆる本の中でも圧倒的に良かった。
何が良いかというと、いきなりだが「あとがき」に感動した。
「うわーまさにこれ!」と思ったのは、専門家が一般向けの本を書くことは研究実績として認めてもらえず、学者がすべきことではないというのが「歴史学」のスタンダートだという指摘だ。
私が知る「文学」の世界もほとんど同じようなものだ。
小さな枠の中で重箱の隅をつつき続け、専門家しかおもしろいと思わないことを研究するのが主流である。
でも学者が一般書を書かないとどうなるか?
一般人は「後鳥羽上皇はなぜリッチだったのか?」という問いへの答えを見つけることができないのだ。
本郷先生が源頼朝の鎌倉幕府立ち上げ~北条政権が誕生するところは「まことに興味深い」のに「なかなか大河ドラマにもならないし」とぼやいておられているのが笑える。
でもその後紆余曲折の末、一般書の企画が実現して本著が世に出ることになり、その後大河ドラマが放送されたのだから、持っていると思う。
本郷先生の言葉のとおり誰にでも分かる歴史の本を書くことは学問と研究者にとって責務なのではないかと思う。
ドラマチックな「あとがき」だけで満足してしまいそうだが、私が忘れてしまった疑問と答えについても、この一冊の中にちゃんと書かれていた。
「後鳥羽上皇の強大な経済力」(p.80)
わずか1ページ強のコンパクトな説明ながら誰でも読んでちゃんと理解できる。
★ここからは「アンサー」なので「ネタバレ」になります。ご承知おきください。
・当時の皇室では内親王は独身のまま一生を終えることがほとんどだった
・遺産相続(土地)は子どもの数に応じて分割されていたので代を重ねる毎に細切れになる
・内親王の場合、結婚しないので生涯の生活費として与えられた財産(荘園)はそのまま残る
・そうした内親王所有の大規模荘園について後鳥羽上皇は自分の子どもたちを「相続人」にして、自分の手元に集約していく
敏腕の後鳥羽上皇はこうして「集金マシーン」(p.81)を手に入れたというのが真相だ。
財力だけ求めていたなら後白河法皇のように謀略を巡らせているだけだっただろう。
しかし後鳥羽上皇はこの経済力を生かして、朝廷中心の秩序を回復するという「理念」の実現に進んでいく。
以上が、本郷先生の『承久の乱』による、後鳥羽上皇の財政力に関する説明だ。
他にもドラマを観ていて少し分かりにくい点、あるいはドラマではカットされた史実なども知ることができる。
薄い一冊の新書ながら、重要なことがギュッと濃縮されつつも分かりやすく説明された歴史の本だった。
『鎌倉殿の13人』を観ている方にもおススメの一冊だと思う。